標本調査法

層化抽出、集落抽出、系統抽出、ネイマン配分など、統計検定準1級レベルの標本調査法を学習します。

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回帰推定量による母平均の推定

この問題では、補助変数との回帰関係を利用して目的変数の母平均を推定する回帰推定法を学習します。比推定法よりもさらに精度の高い推定が期待できる高度な手法です。

問題設定の整理
  • 標本サイズ:n = 80
  • 標本平均:$\bar{x} = 10$、$\bar{y} = 20$
  • 標本分散:$s_x^2 = 25$、$s_y^2 = 100$
  • 標本共分散:$s_{xy} = 40$
  • 母集団平均(既知):$\bar{X} = 12$

Step 1: 回帰推定量の定義

回帰推定量による母平均の推定値は:

$$\hat{\bar{Y}}_{reg} = \bar{y} + b(\bar{X} - \bar{x})$$

ここで:

  • $\hat{\bar{Y}}_{reg}$:回帰推定量による母平均の推定値
  • $\bar{y}$:目的変数の標本平均
  • $b$:回帰係数(標本から推定)
  • $\bar{X}$:補助変数の既知の母平均
  • $\bar{x}$:補助変数の標本平均

Step 2: 回帰係数の計算

回帰係数bは:

$$b = \frac{s_{xy}}{s_x^2} = \frac{40}{25} = 1.6$$

この係数は、xが1単位増加したときのyの期待増加量を表します。

Step 3: 回帰推定量の計算

$$\hat{\bar{Y}}_{reg} = \bar{y} + b(\bar{X} - \bar{x}) = 20 + 1.6 \times (12 - 10)$$
$$= 20 + 1.6 \times 2 = 20 + 3.2 = 23.2$$

したがって、回帰推定量による母平均の推定値は23.2です。

回帰推定量の直感的理解

回帰推定では以下の調整を行っています:

  • 標本平均:$\bar{y} = 20$(基準値)
  • 補助変数の差:$\bar{X} - \bar{x} = 12 - 10 = 2$
  • 調整量:$1.6 \times 2 = 3.2$
  • 調整後推定値:$20 + 3.2 = 23.2$

回帰推定量の理論的性質

Step 4: 推定量の分散

回帰推定量の分散は:

$$V(\hat{\bar{Y}}_{reg}) = \frac{1-f}{n} \cdot S_y^2(1-\rho^2)$$

ここで:

  • $f = \frac{n}{N}$:標本化率
  • $S_y^2$:目的変数の母分散
  • $\rho = \frac{S_{xy}}{S_x S_y}$:母相関係数

Step 5: 標本相関係数の計算

$$r = \frac{s_{xy}}{s_x s_y} = \frac{40}{\sqrt{25} \times \sqrt{100}} = \frac{40}{5 \times 10} = \frac{40}{50} = 0.8$$

強い正の相関があることがわかります。

効率性の比較(理論値)

各推定量の相対効率(母分散に対する比):

推定量分散の比効率
単純推定$1.0$基準
比推定$1 + C_x^2 - 2\rho C_x/C_y$条件付き
回帰推定$(1-\rho^2)$常に最良

相関係数 r = 0.8 の場合:

$$\text{効率性} = 1 - r^2 = 1 - 0.8^2 = 1 - 0.64 = 0.36$$

回帰推定量の分散は単純推定量の36%まで削減されます。

Step 6: 他の推定量との比較

同じデータを使った他の推定値:

  • 単純推定量:$\hat{\bar{Y}}_{simple} = \bar{y} = 20.0$
  • 比推定量:$\hat{\bar{Y}}_{ratio} = \bar{y} \times \frac{\bar{X}}{\bar{x}} = 20 \times \frac{12}{10} = 24.0$
  • 回帰推定量:$\hat{\bar{Y}}_{reg} = 23.2$

推定量の特徴比較

推定量推定値使用情報適用条件
単純20.0標本のみ常に適用可能
24.0比例関係原点通過回帰
回帰23.2線形関係任意の線形関係

回帰推定量の実用的側面

Step 7: 推定精度の評価

回帰推定量の標準誤差(近似):

$$SE(\hat{\bar{Y}}_{reg}) \approx \frac{s_y \sqrt{1-r^2}}{\sqrt{n}} = \frac{10 \times \sqrt{1-0.8^2}}{\sqrt{80}}$$
$$= \frac{10 \times 0.6}{\sqrt{80}} = \frac{6}{8.944} \approx 0.67$$

95%信頼区間:$23.2 \pm 1.96 \times 0.67 = 23.2 \pm 1.31$

区間:$[21.89, 24.51]$

Step 8: 設計効果の計算

単純無作為抽出に対する設計効果:

$$\text{deff} = \frac{V(\hat{\bar{Y}}_{simple})}{V(\hat{\bar{Y}}_{reg})} = \frac{1}{1-r^2} = \frac{1}{0.36} \approx 2.78$$

回帰推定を使うことで、実効的に標本サイズが2.78倍になったのと同じ効果が得られます。

実際の調査での応用例

調査分野目的変数(y)補助変数(x)期待効果
企業調査売上高従業員数高精度
農業調査生産量作付面積コスト削減
家計調査支出額世帯人数小地域推定
健康調査医療費年齢リスク調整

高度な回帰推定手法

Step 9: 多重回帰推定

複数の補助変数がある場合:

$$\hat{\bar{Y}}_{mreg} = \bar{y} + \sum_{i=1}^k b_i(\bar{X}_i - \bar{x}_i)$$

ここで、$b_i$は重回帰係数です。

Step 10: 非線形回帰推定

非線形関係の場合:

$$\hat{\bar{Y}}_{nreg} = \bar{y} + g'(\bar{x})(\bar{X} - \bar{x})$$

ここで、$g'(\bar{x})$は$\bar{x}$における傾きです。

実装時の注意点

  • 外れ値の影響:回帰係数が不安定になる可能性
  • 多重共線性:複数の補助変数間の相関
  • 非線形性:関係が直線的でない場合の対処
  • 交互作用:層別での回帰係数の違い

推定の妥当性検証

Step 11: 残差分析

回帰推定の前提条件をチェック:

  • 線形性:散布図での関係の確認
  • 等分散性:残差の分散の一定性
  • 正規性:大標本では緩和される
  • 独立性:標本抽出の無作為性

Step 12: 予測精度の評価

交差検証による精度評価:

$$RMSE = \sqrt{\frac{1}{n} \sum_{i=1}^n (y_i - \hat{y}_i)^2}$$

今回の場合、回帰推定により残差標準偏差は:

$$s_{res} = s_y \sqrt{1-r^2} = 10 \times 0.6 = 6.0$$

今回の計算結果の総括

  • 回帰推定値:23.2(小数第1位)
  • 精度向上:分散が36%に削減
  • 相関の強さ:r = 0.8で強い正の相関
  • 実用性:補助情報を最大限活用した効率的推定
問題 1/10