マルコフ連鎖、ポアソン過程、ブラウン運動、マルチンゲールなど統計検定準1級レベルの確率過程理論を学習します。
標準ブラウン運動$B(t)$に対して、初通過時刻$T_a = \inf\{t \geq 0: B(t) = a\}$($a > 0$)を考える。$E[T_a]$の値はどれか。
この定義の要素:
性質 | 数学的表現 | 意味 |
---|---|---|
停止時刻性 | $\{T_a \leq t\} \in \mathcal{F}_t$ | 「過去のみから判定可能」 |
確実到達 | $P(T_a < \infty) = 1$ | 「必ず有限時間で到達」 |
期待値発散 | $E[T_a] = \infty$ | 「平均時間は無限大」 |
スケール性 | $T_{ca} \stackrel{d}{=} c^2 T_a$ | 「2次のスケール依存性」 |
Step 2: マルチンゲールとしてのブラウン運動
標準ブラウン運動$B(t)$は、自然なフィルトレーション$\{\mathcal{F}_t\}$に関してマルチンゲールです:
マルチンゲール性の確認:
Step 3: 任意抽出定理の条件と制限
任意抽出定理(Optional Stopping Theorem):
マルチンゲール$\{M_t\}$と停止時刻$\tau$に対して、以下の条件のいずれかが成立すれば:
これらが成立すれば:$E[M_\tau] = E[M_0]$
Step 4: 初通過時刻における条件検証
$T_a$に対する各条件の検証:
条件1(有界性):
$T_a$は有界ではありません。$P(T_a > n) > 0$ for all $n$
条件2(有限期待値):
実際に$E[T_a] = \infty$なので、この条件も満たされません。
条件3(一様可積分性):
$\{B_{t \wedge T_a}\}$は有界なマルチンゲールなので一様可積分ですが、$B(T_a) = a$(定数)であるため、任意抽出定理から:
しかし$B(T_a) = a > 0$なので矛盾が生じます。これは$E[T_a] = \infty$の間接的証明です。
Step 5: 逆ガウス分布による直接的解析
$T_a$の確率密度関数は逆ガウス分布(inverse Gaussian distribution):
期待値の計算:
Step 6: 積分の発散性証明
変数変換$u = \frac{a^2}{2t}$($t = \frac{a^2}{2u}$, $dt = -\frac{a^2}{2u^2}du$):
この積分は$u = 0$近傍で$u^{-3/2}$の特異性により発散します。
統計量 | 値 | 特徴 |
---|---|---|
期待値 | $\infty$ | 重い右裾による発散 |
分散 | $\infty$ | 極度のばらつき |
最頻値 | $\frac{a^3}{3}$ | 0に近い小さな値 |
中央値 | 有限値 | 期待値より小さい |
Step 7: 現象の直感的理解
「確実だが無限期待」のパラドックス:
ブラウン運動の「逸走」現象:
ブラウン運動は時として非常に長期間マイナス側に留まることがあり、これが期待値の発散を引き起こします。
Step 8: スケール不変性と自己相似性
ブラウン運動のスケール性により:
これから:
$E[T_a] = \infty$ならば、$E[T_{ca}] = \infty$も成立し、一貫性が保たれます。
Step 10: 他の確率過程との比較
ドリフト付きブラウン運動:
$dX_t = \mu dt + dB_t$($\mu > 0$)の場合:
幾何ブラウン運動:
株価モデル$dS_t = \mu S_t dt + \sigma S_t dB_t$では、対数変換により初通過時刻の性質が変化します。</p><p class='note'><strong>考察ポイント:</strong><br>標準ブラウン運動の初通過時刻が無限期待値を持つことは、「ランダムウォークの根本的非効率性」を示しています。これは、方向性のないランダムな動きでは、目標に確実に到達できても「合理的な時間」で到達することは期待できないことを意味します。この性質は、効率的市場仮説における価格発見過程の限界や、生物学における拡散過程の時間効率性など、幅広い分野で重要な示唆を提供します。</p>