確率過程

マルコフ連鎖、ポアソン過程、ブラウン運動、マルチンゲールなど統計検定準1級レベルの確率過程理論を学習します。

確率微分方程式 レベル1

確率微分方程式$dX_t = \mu X_t dt + \sigma X_t dB_t$($\mu, \sigma$は定数、$B_t$は標準ブラウン運動)の解$X_t$について、$X_0 = x_0$のとき、$E[X_t]$はどれか。

解説
解答と解説を表示
<p>この問題では、<strong>幾何ブラウン運動と伊藤積分の理論</strong>について理解を深めます。幾何ブラウン運動は金融工学における株価モデルの基礎となる確率過程で、Black-Scholesモデルの核心概念です。伊藤清による伊藤積分と伊藤の公式の発明により、この種の確率微分方程式の厳密な解析が可能になりました。</p><h4>幾何ブラウン運動:指数的成長の確率モデル</h4><p>幾何ブラウン運動(Geometric Brownian Motion, GBM)は「比例的成長率と比例的変動」を持つ確率過程で、正の値を取り続ける確率過程として金融市場の価格変動モデルに最適です。この過程は現代金融理論の基盤となっています。</p><p class='step'><strong>Step 1: 確率微分方程式の構造分析</strong></p><p><strong>与えられた確率微分方程式:</strong></p><div class='formula'>$dX_t = \mu X_t dt + \sigma X_t dB_t$

方程式の要素解析:

  • $\mu X_t dt$:決定論的成長項(ドリフト)、現在値に比例
  • $\sigma X_t dB_t$:確率的変動項(拡散)、現在値に比例
  • $\mu$:成長率パラメータ(期待リターン率)
  • $\sigma$:ボラティリティパラメータ(変動の激しさ)
GBMの特徴的性質
性質数学的表現経済的意味
比例成長ドリフトが$\mu X_t$リターン率が一定
比例変動拡散が$\sigma X_t$ボラティリティが価格に比例
正値保持$X_t > 0$ a.s.価格は負にならない
対数正規分布$\log X_t$が正規分布リターンの正規性

Step 2: 伊藤の公式による変数変換

SDEを線形化するため、対数変換を適用します:

$Y_t = \log X_t$

伊藤の公式(Itô's formula)の適用:

関数$f(x) = \log x$に対して:

  • $f'(x) = \frac{1}{x}$
  • $f''(x) = -\frac{1}{x^2}$

伊藤の公式により:

$dY_t = f'(X_t)dX_t + \frac{1}{2}f''(X_t)d\langle X \rangle_t$

Step 3: 2次変分の計算

$X_t$の2次変分(quadratic variation):

$d\langle X \rangle_t = (\sigma X_t)^2 dt = \sigma^2 X_t^2 dt$

これは確率積分の特有の性質で、$(dB_t)^2 = dt$という関係から導かれます。

Step 4: 変換されたSDEの導出

伊藤の公式を詳細に適用:

\begin{align}dY_t &= \frac{1}{X_t}dX_t - \frac{1}{2}\frac{1}{X_t^2}d\langle X \rangle_t \\&= \frac{1}{X_t}(\mu X_t dt + \sigma X_t dB_t) - \frac{1}{2}\frac{\sigma^2 X_t^2}{X_t^2}dt \\&= \mu dt + \sigma dB_t - \frac{\sigma^2}{2}dt \\&= \left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)dt + \sigma dB_t\end{align}

重要な観察:

変換後のSDE $dY_t$は線形で、$Y_t$(対数価格)に依存しない係数を持ちます。これにより解析的解が可能になります。

Step 5: 線形SDEの積分による解

$Y_t$の解は単純な積分で求められます:

$Y_t = Y_0 + \int_0^t \left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)ds + \int_0^t \sigma dB_s$
$Y_t = Y_0 + \left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)t + \sigma B_t$

初期条件$Y_0 = \log x_0$を代入:

$\log X_t = \log x_0 + \left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)t + \sigma B_t$

Step 6: 元の変数での明示解

指数関数を適用して$X_t$を得ます:

$X_t = x_0 \exp\left[\left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)t + \sigma B_t\right]$

この形で$X_t$の完全な確率分布が特定されます。

解の構造的理解

解は以下の3つの要素の積:

  • $x_0$:初期値(スケール因子)
  • $\exp\left[\left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)t\right]$:修正された指数成長
  • $\exp(\sigma B_t)$:対数正規乱数(確率的変動)

Step 7: 期待値の厳密な計算

$B_t \sim N(0, t)$であることを利用:

\begin{align}E[X_t] &= x_0 E\left[\exp\left(\left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)t + \sigma B_t\right)\right] \\&= x_0 \exp\left(\left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)t\right) E[\exp(\sigma B_t)]\end{align}

正規確率変数の指数の期待値:

$Z \sim N(0, \sigma^2 t)$に対して:

$E[e^Z] = \exp\left(\frac{\sigma^2 t}{2}\right)$

これは正規分布の積率母関数の公式です。

Step 8: 最終的な期待値

期待値の計算を完了:

\begin{align}E[X_t] &= x_0 \exp\left(\left(\mu - \frac{\sigma^2}{2}\right)t\right) \exp\left(\frac{\sigma^2 t}{2}\right) \\&= x_0 \exp\left(\mu t - \frac{\sigma^2 t}{2} + \frac{\sigma^2 t}{2}\right) \\&= x_0 \exp(\mu t) \\&= x_0 e^{\mu t}\end{align}

結果の解釈:

  • 期待値は確定的指数成長$e^{\mu t}$に従う
  • ボラティリティ$\sigma$は期待値に影響しない
  • 成長率$\mu$がそのまま期待リターン率となる

伊藤補正項の意味

Step 9: 「$\frac{\sigma^2}{2}$」項の理論的意義

対数価格の方程式で現れる$-\frac{\sigma^2}{2}$項は伊藤補正項と呼ばれ、確率解析特有の現象です:

伊藤補正項の意味
  • 確率積分の非線形性:$(dB_t)^2 = dt \neq 0$による補正
  • ジェンセンの不等式:$E[e^X] \neq e^{E[X]}$の確率版
  • 凸関数効果:指数関数の凸性による期待値の増大
  • ボラティリティスマイル:金融実務でのオプション価格への影響

理論的洞察:
幾何ブラウン運動の期待値が$x_0 e^{\mu t}$となることは、「確率的成長の線形性」を示しています。個々の軌道は複雑でランダムですが、平均的には確定的指数成長と同じ挙動を示します。しかし、分散は$x_0^2 e^{2\mu t}(e^{\sigma^2 t} - 1)$となり、時間とともに急激に増大します。これは「確率的成長の不確実性の指数的拡大」を表し、長期投資における「時間分散効果」の限界を数学的に示しています。</p>

問題 1/10
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