この問題では、時系列分析の基礎である定常性の概念について理解を深めます。定常性は時系列分析における重要な概念の一つであり、予測、因果推論、統計的推定の前提となる基本的性質です。特に弱定常性(共分散定常性)と強定常性(厳密定常性)の違いを正確に理解することが重要です。
定常性の理論的基盤と経済学的意味
定常性は、時系列データが「時間を通じて一定の統計的性質を維持する」ことを意味します。この概念は、経済現象の予測可能性、政策効果の持続性、統計的推論の妥当性を判断する上で決定的な役割を果たします。
定常性の階層構造
| 定常性の種類 | 数学的定義 | 要求される条件 |
|---|
強定常性 (厳密定常性) | $F(y_{t_1}, y_{t_2}, \ldots, y_{t_n}) = F(y_{t_1+k}, y_{t_2+k}, \ldots, y_{t_n+k})$ | すべての次元の同時分布が時間シフトで不変 |
弱定常性 (共分散定常性) | 1次・2次モーメントのみが時間不変 | 期待値、分散、共分散の時間不変性 |
| トレンド定常性 | $y_t = \alpha + \beta t + \varepsilon_t$ | 確定的トレンド除去後に弱定常 |
Step 1: 弱定常性の3つの基本条件
弱定常性(共分散定常性)は、実用的な時系列分析で最も頻繁に使用される定常性の概念です。以下の3つの条件すべてを満たす必要があります:
弱定常性の必要十分条件
| 条件 | 数学的表現 | 経済学的解釈 |
|---|
| ①期待値の時間不変性 | $E[y_t] = \mu$ (定数) | 長期平均が一定(トレンドなし) |
| ②分散の時間不変性 | $\text{Var}(y_t) = \sigma^2$ (定数) | 変動の大きさが一定(分散共分散性なし) |
| ③共分散のラグ依存性 | $\text{Cov}(y_t, y_{t+k}) = \gamma_k$ | 自己相関構造が時間で不変 |
Step 2: 各選択肢の詳細検証
選択肢①:期待値の時間不変性
この条件は弱定常性の第1条件です。
$E[y_t] = \mu \quad \text{(すべての}t\text{に対して一定)}$
経済学的意味:時系列に確定的トレンドや構造変化がないことを意味します。例えば、インフレ率が長期的に一定の平均値の周りで変動する場合がこれに該当します。
Step 3: 分散の時間不変性
選択肢②:分散の時間不変性
この条件は弱定常性の第2条件です。
$\text{Var}(y_t) = E[(y_t - \mu)^2] = \sigma^2 \quad \text{(すべての}t\text{に対して一定)}$
経済学的意味:ボラティリティが時間を通じて一定であることを示します。この条件が満たされない場合は分散不均一性(ヘテロスケダスティシティ)が存在します。
分散不均一性の例
- 金融時系列:ボラティリティクラスタリング現象
- 経済成長率:経済危機時の分散拡大
- インフレ率:政策レジーム変化に伴う変動パターンの変化
Step 4: 共分散のラグ依存性
選択肢③:共分散のラグ依存性
この条件は弱定常性の第3条件です。
$\text{Cov}(y_t, y_{t+k}) = E[(y_t - \mu)(y_{t+k} - \mu)] = \gamma_k$
重要なポイント:共分散はラグ$k$のみに依存し、時点$t$には依存しません。これは自己共分散関数(autocovariance function)が時間シフトに対して不変であることを意味します。
Step 5: 強定常性(厳密定常性)の要求
選択肢④:確率分布の時間不変性
これは弱定常性の条件ではありません。この条件は強定常性(厳密定常性)の要求です。
$F(y_{t_1}, y_{t_2}, \ldots, y_{t_n}) = F(y_{t_1+\tau}, y_{t_2+\tau}, \ldots, y_{t_n+\tau})$
すべての時点、すべての次元において同時分布が時間シフトに対して不変であることを要求します。これは弱定常性よりもはるかに強い条件です。
弱定常性 vs 強定常性
| 項目 | 弱定常性 | 強定常性 |
|---|
| 要求条件 | 1次・2次モーメントのみ | すべての次元の同時分布 |
| 実用性 | 高い(多くの経済分析で使用) | 限定的(理論分析中心) |
| 検証可能性 | 統計的検定で検証可能 | 実証的検証困難 |
Step 6: 定常性検定の実用的側面
実際の経済分析では、以下の検定手法で弱定常性を検証します:
主要な定常性検定
- ADF検定:単位根の存在を検定(非定常性の検定)
- KPSS検定:定常性を帰無仮説とする検定
- Phillips-Perron検定:系列相関を考慮した単位根検定
- Zivot-Andrews検定:構造変化を考慮した単位根検定
Step 7: 非定常性の経済学的含意
弱定常性が満たされない場合の経済学的意味:
- 単位根過程:ショックの効果が永続的(ランダムウォーク)
- トレンド定常:確定的成長パターンの存在
- 構造変化:経済体制やレジームの変化
- 分散不均一性:リスクプレミアムの時変性
Step 8: 実証分析における重要性
弱定常性の仮定は以下の分析手法の前提条件です:
定常性を前提とする分析手法
- ARMA/ARIMAモデル:時系列予測の基礎
- VAR(ベクトル自己回帰):多変量時系列分析
- Granger因果性検定:変数間の因果関係検定
- インパルス反応分析:ショック波及効果の分析
統計学的洞察:
弱定常性は時系列分析における「よく振る舞う」データの数学的定義です。期待値、分散、共分散という1次・2次モーメントの時間不変性により、過去のデータから将来のパターンを予測することが可能になります。一方、確率分布全体の時間不変性(強定常性)は理論的に美しいですが、実証分析では検証が困難で実用性に乏しいため、通常は弱定常性で十分とされます。
$\text{答え: 確率分布}F(y_t)\text{が時間}t\text{に依存しない(一定)}$