多段抽出の位置づけ
この問題では、多段抽出を、集落抽出の入れ子として位置づけます。分散の公式は使いません。全国チェーンの店舗→従業員、というよくある実務を通して、何を得て何を失うかを見ます。
1. 多段抽出とは
抽出を段階に分けます。二段抽出では、第1段で第一次抽出単位(店舗)を選び、第2段でその中の第二次抽出単位(従業員)を選びます。三段以上(地域→店舗→従業員)も同じ発想です。F社が全1,200店の全従業員名簿を本社で持っていないとき、まず店舗リスト(これは本社が持っている)から店を選び、選ばれた店だけに従業員名簿の提出を依頼できます。枠の整備コストが下がります。
2. 集落抽出との関係
第1段だけ選んで店舗内を全数調査すれば、それは集落抽出です。第2段でさらに間引くと多段抽出になります。どちらも「近い人・同じ店の人をまとめて取る」構造なので、店内の満足度が似ていれば(正のICC)、同じ人数の全国SRSより推定のばらつきは大きくなりやすいです。精度を買うというより、実施可能性と費用を買う設計です。
何を得て、何を失うか
- 得るもの:全国の個人名簿が不要、調査員は選ばれた店だけを回ればよい、協力依頼の窓口が店長に集約される
- 失いやすいもの:店というまとまりごと抜ける情報、店内相関による有効標本の目減り、SRSより大きい分散
2級では、分散公式を展開するより、「入れ子の集落抽出であり、便利だがSRSより粗くなりやすい」と押さえます。
3. 不偏性の条件
各段階で確率抽出になっていれば、適切な重み(抽出確率の逆数)を使って母平均を不偏に近く推定できます。第2段を「手を挙げた人だけ」にすると、その店内での選択バイアスが入り、店舗抽出が無作為でも全体の不偏性は崩れます。多段は「雑に選んでよい免許」ではありません。
4. 各選択肢の検討
- 「全数調査で標本誤差は生じない」→ 誤り。店舗も従業員も一部しか調べません。選ばれなかった店の情報が欠けるため標本誤差は残ります。
- 「第2段は希望者のみでも不偏」→ 誤り。希望者は満足・不満足のどちらかに偏りやすく、店内の選択バイアスが残ります。
- 「入れ子の集落抽出でコストを抑えられるが、分散は大きくなりやすい」→ 正しい。
- 「推定が定義できない」→ 誤り。確率抽出として設計すれば推定できます。公式が複雑になることと、推定できないことは別です。
- 「フィッシャーの3原則の別名」→ 誤り。3原則は実験計画の反復・無作為化・局所管理です。標本の多段抽出とは別の概念です。
5. いつ多段を選ぶか
全国1,200店の全従業員へ個人メールを送れるなら、SRSや層化(地域×雇用形態)の方が精度は出やすいです。多段が選ばれるのは、個人枠がない、店長経由でないと調査できない、調査員を全国にばらまけない、といった制約があるときです。統計の教科書では「効率が落ちる」と書かれますが、実施できない精密設計より、実施できるやや粗い設計の方が推定できます。
第1段の店舗数を極端に少なくし、第2段だけ厚くすると、店の差が誤差に残りやすくなります。費用が許すなら、店舗数(第一次単位)を増やす方が、店内の人数を増やすより全体精度に効くことが多い、という定性的な指針があります。分散公式は本問の範囲外です。
多段抽出を「雑な調査」と切り捨てる必要はありません。全国チェーンの満足度は、店というまとまりで決まる部分が大きく、第一次単位をきちんと確率抽出していれば、店の効果も含めた全体平均を推定できます。問題は、分散公式を省略しても、「SRSより粗くなりやすい」ことを設計時に織り込むことです。
したがって、多段抽出は集落抽出を入れ子にした実務的設計であり、枠とコストを抑える代わりにSRSより分散が大きくなりやすい、と位置づけます。