野良マートと SSOT 崩壊:増え続ける「便利なコピー」
Stage 4 — 第3章 | データマネジメント入門 推定学習時間:40〜50分 | 難易度:★★★☆☆
この章で学ぶこと
品質 6 軸とインシデント対応を入れても、非公式の分析コピー は増え続けます。
さくら商事には mart_finance があるのに、部署別 Google Sheets と Looker 個人計算フィールドが 20 以上 残っていました。
これを 野良マート(Wild Mart) と呼びます。 SSOT を建てても、野良マートが増えると 正本は形だけ になります。
この章を終えると、こんなことができるようになります:
- 野良マートの 症状と SSOT 崩壊のメカニズム を説明できる
- 公式マートと野良マートの 境界 を判断できる
- 同名列・別意味問題を具体例で説明できる
- 野良マートを 減らす運用(提供・廃止・移行)を設計できる
1. revenue という名の迷宮
山田さんが社内を調査した「売上っぽいもの」:
| 名前 | 場所 | 定義 | オーナー |
|---|---|---|---|
revenue |
Looker 計算フィールド | 返品前 | 田中(2023) |
revenue |
Sheets「KPI v7」 | 広告費控除後 | 不明 |
monthly_revenue |
mart_finance |
公式・出荷ベース | 佐藤 |
sales |
ERP export | 経理帳簿 | 佐藤 |
rev_fixed |
個人 SQL | 「直した版」 | 退職者 |
同じ revenue という列名なのに、5 つの意味。
これが SSOT 崩壊の典型です。
鈴木
「公式マートは 1 個できた。でも 蛇口が 20 本 ある状態。」
2. 野良マートとは
野良マート = オーナー不明・非 Git 管理・カタログ未登録・会議で使われうる分析用データ。
| 特徴 | 公式マート | 野良マート |
|---|---|---|
| オーナー | 明示 | 不明 / 退職者 |
| 定義 | 用語集 + カタログ | ヘッダー 1 行 |
| 更新 | ETL + PR | 手動コピペ |
| 品質テスト | あり | なし |
| 会議使用 | 公式 | 実際は使われる |
2.1 なぜ増えるか
| 原因 | さくら商事 |
|---|---|
| 公式が遅い | マート更新が翌朝 |
| 公式が使いにくい | JOIN が多い |
| 政治 | 「うちの定義が正しい」 |
| スキル | SQL 書ける人が各自解決 |
| ツール | Sheets が早い |
便利さが SSOT を上書きする —— これは技術問題だけではありません。
3. SSOT 崩壊の連鎖
公式マート整備
↓ でも探索・会議で不便
野良コピー作成(Sheets / 計算フィールド)
↓ 作者退職・定義忘れ
同名列・別意味
↓ 新メンバーが野良を「正」と誤認
公式マートが使われない
↓
SSOT は存在するが機能しない
Stage 2 で決めた L1/L2/L3 のうち、L3(セマンティックレイヤー)と利用習慣 が追いついていない状態です。
4. 同名列・別意味:最も危ないパターン
| 表 | 列 | 意味 A | 意味 B |
|---|---|---|---|
mart_marketing |
customers |
購入者数 | 会員登録数 |
| Sheets | CVR |
CV / click | CV / session |
| Looker | revenue |
税込 | 税抜 |
-- 野良 SQL の典型:名前だけ借りて定義が違う
SELECT SUM(amount) AS revenue -- 返品前
FROM staging_orders;
公式:
SELECT SUM(recognized_amount) AS official_revenue -- 返品反映・出荷ベース
FROM mart_finance;
列名が同じだと、JOIN も会議も混乱します。
5. 公式 vs 野良の境界線
| チェック | 公式 | 野良 |
|---|---|---|
| カタログ登録 | ◎ | × |
| Git / PR 管理 | ◎ | × |
| オーナー署名 | ◎ | × |
| 品質ルール | ◎ | × |
| 会議資料で使用 | 許可 | 原則禁止 |
| 探索・個人分析 | 可(L2 から) | 可(共有・会議に持ち込まない) |
現場メモ
野良を ゼロ にするのは非現実的です。 目標は 「会議・公式報告に野良を使わない」 ことです。
6. 減らす運用:3 つのレバー
6.1 提供(公式を便利に)
| 施策 | 効果 |
|---|---|
| セマンティックレイヤー | 計算フィールド乱立防止 |
| 部門別 Gold マート | mart_marketing 等 |
| 更新 SLA 明示 | Timeliness 期待を合わせる |
6.2 移行(野良を公式へ)
| ステップ | 例 |
|---|---|
| 棚卸し | Sheets 20 件リスト化 |
| 影響調査 | 会議で使われているか |
| 定義マージ | 公式に取り込む or 廃止 |
| リダイレクト | Looker を mart_* へ |
6.3 廃止(使わせない)
| ルール | さくら商事 |
|---|---|
| 会議資料は L3 経由のみ | 木村さん承認 |
| 退職時 | 個人 Sheets 削除 |
| 命名 | revenue 単体禁止 → official_revenue |
7. さくら商事の 90 日計画(抜粋)
| 週 | 施策 |
|---|---|
| 1–2 | 野良棚卸し、会議利用フラグ |
| 3–4 | Top5 野良を公式マート or LookML へ |
| 5–8 | 計算フィールド禁止ポリシー(公式系) |
| 9–12 | カタログ 100%(Gold 列) |
体系コラム:カリキュラム上の位置づけ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| Stage / 章 | Stage 4 — 第3章「野良マートと SSOT 崩壊」 |
| 今回の論点 | 非公式マート・同名列別意味が SSOT を 静かに侵食 する |
| DAMA 領域 | 参照・マスターデータ、DW & BI、データガバナンス |
| ライフサイクル | 加工(野良 SQL)と活用(会議で別数字) |
| 前章との接続 | 品質インシデント — 野良経路は検知・停止の 死角 になりやすい |
| 次章への伏線 | 分析前チェックリスト — 公式経路かどうかを SQL 前 に確認 |
体系コラム:用語のつながり
「野良マート」は単なる個人 SQL ではありません。次の用語とセットで理解します。
| 用語 | 野良マートとの関係 | さくら商事の例 |
|---|---|---|
| SSOT | 野良が増えるほど 正本が相対化 | mart_finance vs 田中さんの revenue |
| セマンティックレイヤー | Looker 計算フィールドが 隠れ野良 になる | CV ベース売上フィールド |
| メタデータ | 野良はカタログ未登録が多い | sandbox の orders コピー |
| 品質 | 野良はテスト未実施 | 返品未反映 SQL の恒久化 |
90 日計画の「野良棚卸し」は、技術的負債の整理ではなく 会議数字の一本化 です。公式 vs 探索の境界を決めない限り、SSOT は名ばかりになります。
まとめ
| 概念 | キーメッセージ |
|---|---|
| 野良マート | 便利な非公式コピー |
| SSOT 崩壊 | 正本はあるが使われない |
| 同名列・別意味 | 最も危険な混乱 |
| 対策 | 提供・移行・廃止 |
この章のキーメッセージ:
SSOT は テーブルを 1 個作ること ではありません。 公式以外を会議に持ち込ませない 運用までセットで初めて機能します。
次に読む
- 前章: 品質疑義とインシデント対応
- 次章: 分析前チェックリスト
- 関連: セマンティックレイヤー
確認問題
問題 1
mart_finance が SSOT なのに、経営会議は Looker の古い revenue 計算フィールドを見続けている。
最も本質的な問題 はどれですか。
A. SSOT 崩壊(正本はあるが利用経路が野良)
B. BigQuery の容量不足
C. ER 図がない
D. 統計検定の知識不足
正解: A
解説: テーブル正本と 利用実態 が乖離しています。B/C/D は論点外です。
問題 2
同じ revenue 列名で返品前後の定義が混在している。
最も効果的な対策 はどれですか。
A. 列名を公式用語に統一し、カタログとセマンティックレイヤーで定義を固定する
B. 列名はそのまま。口頭で注意する
C. 野良 Sheets を増やして部門ごとに分ける
D. SSOT を廃止する
正解: A
解説: 命名 + 正本 + 利用経路 のセットが必要です。B/C/D は悪化または放棄です。
問題 3
「野良マートは探索用なら全部 OK」という方針について。
A. 正しい。探索は何をしてもよい
B. 探索は可だが 会議・公式報告・外部共有 に持ち込まない境界が必要
C. 探索も禁止。SQL は書くな
D. 野良こそ SSOT
正解: B
解説: 野良の問題は 共有・公式利用 時に爆発します。探索を認めるなら境界線が必須です。
用語メモ(この章)
| 用語 | 意味(この章での使い方) |
|---|---|
| 野良マート(Wild Mart) | 非公式・オーナー不明の分析用表や Sheets |
| SSOT 崩壊 | 正本が存在するが実務が別コピーを使う状態 |
| 同名列・別意味 | 名前は同じだが定義が異なる列 |
| 棚卸し | 野良資産の一覧化と影響調査 |